記憶は「真実の記録」ではない
今から数分、みなさんの過去の記憶をたどっていっていただけますか?
これまでの人生で、いちばん幸せだった瞬間と、いちばんつらかった瞬間を思い出してください。それはどんな出来事だったか、その時どんな気持ちだったか?そしてその出来事は今の人生にどんな影響を与えていますか?大切な記憶ですか?消してしまいたい記憶ですか?
そして、ここからが今日の本題ですが、これらの記憶がどれも「嘘の記憶」だったとしたら、今のあなたの人生は、どう変わるでしょうか?今感じたその小さな変化を胸に感じながら読み進めていただけたらと思います。
「ポイント」は得意、「詳細」は苦手
私たちの脳は物事のポイント、つまり「要点」を効率よく記憶するのは得意でも、その流れや「細部」を正確に記憶するのはどうも苦手のようです。たとえば、あのとき「誰がいたか」「誰と何をしたか」は覚えているのに、会話の言葉づかいや感情の揺れ、文脈までは覚えておらず、断片的で曖昧になりやすい。
「え?私はちゃんと覚えてるよ。記憶力には自信があるから」
——そう思う方もいらっしゃるかもしれません。
私もそう信じたいところですが、残念ながら、心理学の研究は少し違う答えを示しています。
私たちの脳は、思い出した記憶を“その瞬間の自分の状態に合うように”即興でクリエイトする癖があるのです。つまり、都合がいいように作り変えてしまう。。。「覚えている」という感覚の多くは、実は“そう感じているだけ”にすぎない、というんですね。
これを一つ一つ検証することも難しい領域ですが、少なくとも一つ確かなのは——私たちの脳は、プロの脚本家のように見事な編集能力を備えている、ということです。
言い換えれば、脳は「本の見出し」だけをしっかり覚えていて、本文の細部はうろ覚え。そして、気に入った「見出し」を寄せ集め、今の自分に必要な断片を抜き出し、あとは想像と記憶を織り交ぜながら、その都度「物語」を再構築していく——。
私たちの脳は立派な脚本家で「自分というストーリー」を作り自作自演している俳優でもあるようです。今、これを読んでくださっているみなさんはどんなストーリーを生きてらっしゃるでしょうか?自分の人生ストーリーに題名をつけ、登場人物の性格や役割、時代背景など、そこから見えてきたものを詳細に書きとめてみると、自分の生き方が明確に見えてきます。
今日は、その精巧で少し気まぐれな“脳と心の仕組み”について、最新の知見を交えお話ししてみたいと思います。
虚偽記憶と創造力
事実とは異なる形に作り変えられた記憶を、心理学では「虚偽記憶(false memory)」と呼びます。これは脳の欠陥や誤作動ではなく、むしろ健康で柔軟な脳がもつ本来の特徴です。
私たちの脳は、大筋 (gist) をつかむのは得意でも、細部(verbatim)の再現は苦手。けれども、このあいまいさが、実は創造性や想像力を支える土台になっています。
記憶の断片をつなぎ直し、そこから新しいアイデアや意味を生み出す——。
そんな働きを見ていると、脳と心は、現実世界に反応する装置ではなく、未来を描くクリエイターと言ったほうが、しっくりくるかもしれません。
記憶を「植え付ける」こともできる?
とはいえ、この柔軟さには少し怖い一面もあります。犯罪心理学者ジュリア・ショウ博士の研究は、記憶がどれほど“つくられやすい”ものかを示しており、少しドキッとする内容です。
博士は実験の中で、被験者に「実際には犯していない犯罪の記憶」を植え付けることに成功したと報告しています。方法はごくシンプル。まず被験者と信頼関係を築き、確固たる証拠や情報を伝え、具体的な情景を想像させながら、「いいですね、その調子です」と肯定的に促していく。
すると——およそ70%の参加者が、「自分は罪を犯した」と信じ込み、
誰を、どこで、なぜ襲ったのかまで“思い出した”と語ったのです。
この実験が教えてくれるのは、「偽りの記憶は驚くほど簡単に芽吹く」ということ。そして、それは特別な状況だけでなく、私たちの身近な日常の中でも起きているから、他人ごとではありません。
たとえば、友人の海外旅行話を何度も聞いているうちに、自分もそこへ行ったような気がしてくる。あるいは、昔のニュースやSNSで見た出来事が、まるで自分の体験だったかのように思い出される。こんな経験はないでしょうか?
さらに感情が伴うものは記憶に強く残ります。悲しいときは悲しい記憶が、嬉しいときは明るい記憶が芋づる式に「過去の記憶」の貯蔵庫からひっぱり出されます。
そうなると、悲しさは悲しさをよび、嬉しさは倍増し、この記憶が再び「新しい記憶」として刻まれていきます。このように、私たちの“過去”は、もう終わった昔のことではなく、今の「私の心の状態」によって、いくつもの色に塗り替えられ保存されていきます。
「幸せ物語」に書き換える:認知再構築の力
この脳の性質は、“リスク”であると同時に、“希望”でもあります。私たちは、過去の記憶をつくり変える力を使って、つらい出来事を意図的にポジティブに再解釈することができるのです。心理学では、このプロセスを「認知再構築(cognitive restructuring)」と呼びます。
「あの失敗があったからこそ今の自分がいる」
「あの痛みが、私を強くした」
そんなふうに出来事の意味づけを変えるだけで、
過去の“苦しみ”が、“幸せ”の一部として書き換えられていきます。
つまり、脳に使われるのではなく、脳のあいまいさをこちらがうまく利用する。自分の望む物語を、自分の手で創り出していく。そのとき、私たちは過去に縛られる存在ではなく、自らの物語を編み直す“語り手”へと変わっていくことができます。
終わりに:あなたの人生脚本を自分で描こう
私たちの脳は、超プロ級の脚本家です。そして同時に、フィクションを本気で信じてしまうほどの名俳優でもあります。
記憶の研究から見えてきた大切なことは、この脳の性質をよく理解し、
「どんな物語を信じて生きていくのか」を自分で選び取ること。
そして、その脚本の最終稿を決めるのは、他の誰でもなく、私たち自身であるということを忘れないことです。
日々の中で少しずつ“よい記憶”を積み重ねていく——これが、ウェルビーイングな人生を紡ぐ、いちばん確かな方法なのかもしれません。
今日から、ぜひ「よい記憶のコレクター」になってみてください。未来は明るくなるはずです。
References
Shaw, J. (2020). Do false memories look real? Evidence that people struggle to identify rich false memories of committing crime and other emotional events. Frontiers in psychology, 11, 510535.
Shaw, J. (2018). How can researchers tell whether someone has a false memory? Coding strategies in autobiographical false-memory research: A reply to Wade, Garry, and Pezdek (2018). Psychological Science, 29(3), 477-480.
書き手:アサンガの森 / たんじようこ
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